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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1940号 判決 1981年2月26日

控訴人

株式会社アドバンス

右代表者

浦壁伸周

控訴人

アドバンス販売株式会社

右代表者

浦壁伸周

右控訴人ら訴訟代理人

岡田正美

被控訴人

キューレックス株式会社

右代者者

今野光麿

右訴訟代理人

前田茂

外二名

主文

一  控訴人株式会社アドバンスの本件控訴を棄却する。

二  原判決中控訴人アドバンス販売株式会社の敗訴部分を次のとおり変更する。

控訴人アドバンス販売株式会社は被控訴人に対し金二九万円及びこれに対する昭和五二年三月四日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。被控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は控訴人株式会社アドバンスと被控訴人との関係では被控訴人について生じた控訴費用を一四分し、その六を控訴人株式会社アドバンスの負担とし、その余を各自の負担とし、控訴人アドバンス販売株式会社と被控訴人との間に生じた訴訟費用は第一、二審ともこれを七分し、その一を同控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

四  この判決は、金員の支払いを命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一控訴人株式会社アドバンス(以下控訴人アドバンスという。)が医療器具等の製造を業とするものであること、同控訴人と控訴人アドバンス販売とが姉妹会社で、後者が前者の製造するサイラックスの販売等を業とするものであること、昭和五一年二月一二日控訴人アドバンス販売と被控訴人との間において同控訴人が被控訴人に対しサイラックスを代金一台一万四四〇〇円、年間五〇〇〇台程度を支給するとの約定で販売契約(本件契約)を締結したこと、控訴人アドバンス販売が被控訴人に対し昭和五一年二月一四日サイラックス四〇台(後述の第一次発注分の残り)、同月二〇日に六〇台、同月二一日に四〇台(合計一〇〇台。後述の第二次発注分)を売り渡したこと(代金合計二〇一万六〇〇〇円)、右契約に基づき昭和五一年三月一五日被控訴人が同控訴人に対しサイラックス一〇〇台の売渡方注文をしたところ、同控訴人がこれを拒否したこと、昭和五一年七月八日当時控訴人アドバンス販売が被控訴人に対しサイラックスの売掛代金残金七二万円の債権を有していたことは当事者間に争いがない。

二被控訴人は、右売渡拒否は控訴人アドバンス販売の債務不履行であり、これにより二七五万円の損害を被つたとして右損害賠償債権と前記売掛代金七二万円とを対当額で相殺した旨主張し、その残金二〇三万円につき支払いの請求をするので、以下検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

1  被控訴人は、昭和五〇年二月設立された会社で、東京と大阪に営業所を設け、株式会社ホーマーイオンの代理店として家庭用低周波治療器ホーマーイオンの販売をしていたものであるが、控訴人らが同五一年一月サイラックスの説明会を開催した際、被控訴人代表者今野光麿は、右説明会に出席し、控訴人ら代表者浦壁伸周とも面談し、被控訴人が控訴人アドバンス販売からサイラックスの供給を受けてこれを販売することとなり、右両社の間で折衝が行われ、被控訴人は控訴人アドバンス販売に対し、同年一月第一次発注としてサイラックス一〇〇台の売渡方を現金払いの約で注文し、同控訴人はそのうち六〇台を同年一月中に納入し、右六〇台の代金は現金で支払われ、同年二月一二日、両社の間で本件契約が締結され、販売契約書(乙第一号証)を取り交わした。本件契約において、被控訴人は控訴人アドバンス販売の承認した地域を営業地域とし、右控訴人は被控訴人の営業権を認め、年間取引数量は五〇〇〇台程度を目途とする旨約定された。

2  控訴人アドバンスは、低周波治療器の後発メーカーであり、他方被控訴人は、既に他の低周波治療器ホーマーイオンの販売代理店としての営業活動を行つて実績を作っており、しかも、サイラックスの年間販売目標台数が五〇〇〇台にも及んだところから、前記契約においては、被控訴人に対する販売単価はサイラックス取扱店の中でも比較的低額とされ、また、代金支払いについては、現金取引が原則であるのに、被控訴人の希望を容れ、第二次発注分からは、毎月二〇日締切、その月の末日に代金の半額を九〇日後満期の約束手形で支払い、残りの半額を翌月末日に小切手で支払うことと合意された。

そして、昭和五一年二月一四日、前記第一次発注分の残り四〇台が納入されて右代金は小切手で支払われ、次いで、同月一五日ころ被控訴人は控訴人アドバンス販売に対し第二次発注として一〇〇台の売渡方を注文し、同年二月二一日ころ右一〇〇台が被控訴人に完納され、被控訴人は、同年三月一二日(控訴人アドバンス販売の要請で特に支払日を早めて)、右代金一四四万円の半額七二万円支払いのため控訴人アドバンスに宛て、金額七二万円、同年六月三〇日満期の約束手形一通を振り出し、翌一三日これを控訴人アドバンス販売に交付した。

3  控訴人アドバンス販売は、契約当初は被控訴人の資力信用につき格別の調査をしなかつたが、契約後帝国興信所に調査を依頼したところ、同年三月一九日、右興信所から、被控訴人は設立後日が浅く、未だ十分な収益を挙げるに至つていないので、当面相当の努力を要する旨の報告書が提出されたので、ここに右控訴人は、契約の際大きな期待を寄せた被控訴人に対し警戒心、不安感を抱くに至つた。

一方、被控訴人は、本件契約をも踏まえ、新聞広告により社員を募集し、同年二月鹿児島出身の安栖雅人を、同年三月内山哲野を採用し、かねてから鹿児島生協にホーマーイオンを販売していたところから、そのころ鹿児島出張所を設置して右安栖を配置し、既に同年二月鹿児島生協からサイラックス二五〇台を一台二万四五〇〇円で買受ける旨の注文を受けていたことから、同年三月一五日控訴人アドバンス販売に対し第三次発注として一〇〇台の売渡方を注文した。

4  ところで、控訴人アドバンス販売は、サイラックスの売れ行きが良好で、生産が需要に追いつかない状況であつたうえ、前記のとおり、被控訴人の資力信用に警戒心ないし不安感を抱いたので、右第三次発注に対しては容易に応じようとせず、社内会議を開いて協議した結果被控訴人に対しては現金取引でなければ販売しない旨決定し、同年三月二二日その旨を被控訴人に告知した。

ところで、前記契約書の第九条には、「商品の売買代金の支払が支払期日までに履行されないとき」又は「その恐れが認められた場合は、売主は買主に対しじ後の販売を停止することができる。」旨定められているが、控訴人アドバンス販売は、被控訴人に対し、その資力信用に不安を抱くに至つたことを告げず、したがつて、担保の提供方を求めることもしないで、ただ第三次発注分からは現金取引にしてほしい旨要求するのみで、同控訴人の不安感を汲み取ることができないまま、当初の約定による供給を求める被控訴人に対し、右九条による販売停止であることも告げないで前記のとおり売渡拒否をした。

5  そこで、被控訴人は、控訴人アドバンス販売に対し、第二次発注分一〇〇台の買掛残代金七二万円の支払期日(同年四月末日)に小切手を交付せず、右支払期日の前である同年四月一五日付内容証明郵便をもつて、同控訴人の債務不履行により、二七五万円の損害を被つたとして、該損害賠償債権をもつて右残代金を相殺する旨の意思表示をし、右郵便はそのころ同控訴人に到達した。

被控訴人は、前記のとおり本来、控訴人アドバンス販売に振出すべき約束手形を控訴人アドバンス宛に振出していたので、同控訴人の右手形金七二万円の債権と控訴人アドバンス販売の売掛代金残金七二万円の債権合計一四四万円につき一括して債権の保全をはかるべく、昭和五一年七月八日控訴人アドバンスは、右売掛代金残金七二万円の債権を控訴人アドバンス販売から譲り受け、控訴人アドバンス販売は同月九日被控訴人に到達した内容証明郵便をもつて債権譲渡の通知をし、そのうえで、控訴人アドバンスは手形金については手形判決を得て被控訴人から弁済を受け、本件訴訟において右売掛代金残金の請求をしている。

6  被控訴人は、前記第一次及び第二次発注に基づき控訴人アドバンス販売から供給を受けたサイラックス二〇〇台を、そのうち一三一台は一台二万四五〇〇円で鹿児島生協に卸販売し、その余の六九台は個人の一般消費者に直接販売した。

右一般消費者に販売したサイラックスの中からは不良品として被控訴人に返品されたものも数台生じた。

被控訴人の採用した前記安栖、内山の両名は、サイラックスの供給が短期間で停止されたので、被控訴人の取扱う他の商品の販売に従事していたが、安栖は昭和五二年八月、内山は同五三年四月退職した。

被控訴人代表者らは、ホーマーイオン及びサイラックスの販売に関し、鹿児島に出張し、相当額の旅費を費やした。

以上の各事実を認めることができ<る。>

三売渡拒否と債務不履行の成否について

右認定事実によれば、控訴人アドバンス販売と被控訴人との間の本件契約は、サイラックスを年間取引数量五〇〇〇台程度を目途として、継続的に、売主は供給する義務を、買主は買い受ける義務を包括的に負担する継続的供給契約であることが明白であり、基本契約に基づいて締結される個別契約については、売主たる右控訴人は、買主たる被控訴人からの発注があれば、生産や、市場の状況などから注文に応ずることが無理であるというような特段の事情がない限り、右五〇〇〇台の範囲においては売渡の義務を負うものというべきである。

ところで、控訴人アドバンス販売は、被控訴人に信用不安があつたので、契約書の九条により供給停止をしたのであるから、契約違反は存しない旨主張するので、この点につき判断する。

なるほど、契約書の九条には、「商品代金の支払が支払期日までに履行されないとき」又は「その恐れが認められた場合は、売主は買主に対しじ後の販売を停止することができる。」旨定められており、また、右控訴人が興信所の報告書により被控訴人に対し警戒心ないし不安感を抱いたことは先に認定したとおりである。

しかし、本件契約は、相当期間にわたり継続的に商品を供給する趣旨のものであり、契約締結後買主について生ずる代金債務不履行又はその恐れがある場合に備える必要があるところから右九条の約定をしたものと認められるから、同条をもつて単に売主が主観的に代金債務不履行の恐れを抱けば何時でも自由に販売を停止し得る趣旨のものと解することはできず、買主に支払期日における代金決済を期待し難い客観的合理的な蓋然性が認められた場合に限り、じ後の供給を停止し得る趣旨と解すべきである。

右見地に立つて本件をみれば、取引金融機関である訴外第三信用組合を通じ被控訴人の信用調査をしたところ警戒を要すると指摘された旨の控訴人らの主張に添うような当審における控訴人ら代表者浦壁伸周本人の供述は当審証人仲川昇の証言に照らして措信することができず、また、前認定の興信所の調査報告書(この中には資本金の額など客観的事実と相異する点も存在する。)は、単に若干の警戒を要するというものに過ぎないのであるから、それ自体未だ被控訴人の信用不安を客観的合理的に根拠づける資料としては不十分なものといわざるを得ない。もつとも、右調査報告書に接して被控訴人との取引に慎重を期そうとした控訴人アドバンス販売の態度は、全く理解し得ないというわけではないが、右のごとき調査は、本来、契約締結前になすべきであるし、また、それによつて信用不安を抱いたのであるなら、被控訴人に対し、その旨を告げて説明を求め、あるいは担保の提供を求めるなどの折衝をすべきであり、これに対し被控訴人の側から納得のいく説明も適当な担保の提供もないという事態に立ち至つた場合には、代金不払いのおそれがかなり客観性を帯びてきたものと評価することができ、控訴人アドバンス販売による供給停止は前記約定の要件を具備した正当な所為として肯認すべきである。しかるに、控訴人アドバンス販売は、かかる措置を全く講ずることなく、現金取引でなければ供給しないとして、前記条項に基づく供給停止であることすら告げずに、第三次発注にかかる一〇〇台の売渡を拒否したのであるから、右所為をもつて正当なものということはできない。したがつて、右控訴人の所為は、本件契約に基づくサイラックス供給義務に違反するものといわざるを得ず、同控訴人は債務不履行による損害賠償義務を免れない。

四売渡拒否に基づく損害について

1  一一九台の得べかりし利益

前認定の事実から明らかなとおり、被控訴人は鹿児島生協からサイラックス二五〇台を一台二万四五〇〇円で買受ける旨の注文を受けていたのに、被控訴人アドバンス販売の供給停止により一一九台を納入することができなくなつたのであるから右一一九台の転売利益一二〇万一九〇〇円(一台当りの利益は右転売価格と仕入価格一万四四〇〇円との差額一万〇一〇〇円である。)を喪失したこととなる。

控訴人らは、転売利益の算定に当つては、被控訴人の販売経費を控除すべきである旨主張するが、被控訴人が控訴人ら主張のような割合の経費の支出を必要としたことを認めうる証拠はなく(<証拠判断略>)、かえつて、原審及び当審における被控訴人代表者本人の供述(当審は第二回)によれば、鹿児島生協に対する販売は卸売りであつて経費としてはほとんどみるべきものはなかつたことが認められるのみならず、たとえ若干の販売経費を要したとしても、該経費は売上代金額の中に算入されていると認められ、かかる売上代金額と仕入価格との差額を逸失した転売利益として把握することは一般の取引観念に背馳するものではないから、控訴人らの主張は採用できない。

ところで、転売利益は、その性質上、債務不履行から通常生ずべき損害ではなく、特別の事情によつて生ずる損害であるというべきところ、前認定の事実によれば、被控訴人は、転売利益を得ることを目的として本件契約を締結したものであり、そのことは右控訴人も知悉していたものと認められるから、同控訴人は、売渡拒否をした一〇〇台については、そのため被控訴人が転売利益を喪失して損害を被ることを知つていたか又は知り得べきであつたというべきである。

しかし、前認定のとおり、供給停止の時期は契約締結後間もなくであり、また、控訴人アドバンス販売と被控訴人との間の現実の取引台数は二〇〇台のみで、両者間に信頼関係が形成されないまま本件紛争に至つたことなどに徴すると同控訴人に対し注文されなかつた一九台についての損害まで同控訴人がこれを知り又は知り得べきであつたとみることはできず、本件の全証拠によるもこれを肯認するに足りない。

したがつて、控訴人アドバンス販売は被控訴人に対し、一〇〇台分の転売利益一〇一万円についてのみ損害賠償の義務を負うものというべきである。

2  出張旅費及び社員の教育費用について

右各費用は、通常は販売利益を得るための経費となるべきものであり、これをもつて債務不履行から通常生ずべき損害に当るということはできない。もつとも、右のごとき費用も特別の事情による損害として請求し得る場合があり得ないわけではないが、前記1に説示したところと同様、本件においては、控訴人アドバンス販売が右特別事情を知り又は知り得べきであつたことを肯認するに足りる証拠がない。

五不良品の存在による損害について

被控訴人が控訴人アドバンス販売から供給を受けて直接一般消費者に販売したサイラックス六九台中に数台の不良品が存したことは、前認定のとおりであるが、一九台もの不良品が存した旨の原審及び当審における被控訴人代表者の供述(当審は第一、二回)は原審分と当審分との間に一貫性を欠き、かつ、そのいうところの瑕疵の内容が確定的でないなどたやすく措信し難い点があり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。のみならず、本件サイラックスにつき被控訴人が検査の義務を負うかどうかはともかくとして、商人間の売買においては、その目的物に隠れた瑕疵がある場合において買主が六か月以内にこれを発見したときは直ちに売主に対してその通知をしなければ損害賠償の請求をすることができない(商法五二六条一項)のであり、この理は、本件のごとく、売主と買主との間に紛争が生じ、じ後の供給が停止された場合であつても変りないものと解され、右通知義務は被控訴人も免れ得ないものであるところ、被控訴人が一年以上もの間、右控訴人に対し不良品発生の通知をしなかつたことは、弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。したがつて、不良品の存在を理由とする損害賠償の請求は失当である。

六以上によれば、結局、被控訴人アドバンス販売の本件債務不履行により、被控訴人が同控訴人に賠償の請求をなし得る損害の額は、前記四1の一〇〇台分の転売利益一〇一万円ということとなる。

控訴人アドバンス販売が前記売掛代金七二万円を控訴人アドバンスに譲渡したことが訴訟信託に当らないこと原判決説示理由第一の二(一)のとおりであるから、ここにこれを引用する。また、被控訴人が右損害賠償債権一〇一万円をもつて控訴人アドバンス販売に対してした相殺は、その後に同控訴人から受働債権である売掛代金債権七二万円の譲渡を受けた控訴人アドバンスに対抗し得るものであることは明らかである。

してみれば、控訴人アドバンス販売が被控訴人に対して有していた右売掛代金債権七二万円は相殺により消滅し、被控訴人は同控訴人に対し、相殺残余の二九万円の損害賠償請求権を有することとなる。

七以上によれば、控訴人アドバンスの被控訴人に対する売掛代金請求は失当として棄却すべきであるが、被控訴人の控訴人アドバンス販売に対する損害賠償請求は右二九万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年三月四日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、原判決中控訴人アドバンスの請求を棄却した部分に対する同控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、原判決中被控訴人の請求を認容した部分に対する控訴人アドバンス販売の控訴は一部理由があるから原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

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